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子供のころ、世の中は東西冷戦の中にあり、共産圏の国には、秘密警察と言うものがあった。体制に不満のあるものを取り締まるこれは、密告の上に成り立っていた。中には友人だと思って心から信頼していた人が、体制側から送り込まれた人であったということもあったという。
中でもむごいなあと思ったのは、ベビーシッターが密告者だったという話だ。シッターの密告で、子供の親は投獄された。東西冷戦の壁が取り払われた後の情報公開で事の次第が明るみに出て、投獄された親も、子供も、密告者のシッターも苦しんだ。苦しんだという生易しいものではなかったと聞く。
携帯電話が世界的に普及するにつれて、小さな携帯電話で遠く民主化運動の渦中にあるエジプトやシリアの活動家を支援するメッセージを送ることができる。一方で、通話・通信の記録は、半年から2年の間、電話・通信会社に保管される。個人や位置そして内容の特定は、共産圏時代とは比べ物にならないほど精度や良くなっているし、そもそも携帯電話は個人でしか使わないものなので、個人の割り出す手間すら必要ない。
一方で年々進む解析技術のおかげで、通話・通信記録からコミュニティーの割り出しすら可能となっている。言ってみれば、自分とまったく関係のない誰かのおかげで、自分がテロリスト集団の一員とみなされる危険と隣り合わせなのだ。
当て推量で申し訳ないのだが、密告社会でも、人の良心というのはどこかストッパーになっていたんじゃないかと思っている。密告者として近づいた人の中にも親しくなるにつれて良心の呵責に悩んだ人は少なからずいたと聞く。でも無味乾燥なデータの場合はどうだろう。恐ろしい限りだ。
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